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はてブロ::koyhoge

こいほげが技術以外のことを書くブログ

JJ版スタートレックシリーズに感じる違和感

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スター・トレック イントゥ・ダークネス」を観てきました。古株のトレッキーも含めて、評判はかなり良いみたいです。


でも自分的には、今ひとつ手放しでは楽しめませんでした。旧作 TOS への細かいオマージュが散りばめられてあってその部分は面白かったのですが、全体を通してみると、どうにもコレジャナイ感がぬぐえません。それは何故だろうとずっと考えていて、たぶん結論めいた事に気が付きましたので、ここに書いておきます。ここから先はネタバレ注意です。



結局 JJ 版は、物語を肉体言語派的に「殴り合い」で解決しちゃうんですよ。


ジーン・ロッデンベリーの構築したスタートレックワールドでは、暴力は最後の最後に使う非常手段であって、暴力を使った後には手痛いしっぺ返しが来るのが当然なんです。だからこそ登場人物たちは暴力によらない解決方法を必死に模索し、知能と知恵と機転でどんでん返しを最後に見せてくれます。それこそが自分の好きなスタートレックのカタルシスなんです。


でもJJ版のスタートレックでは、前作も今作のイントゥ・ダークネスでも、普通に殴り合いで物事を解決して、特に副作用なくそのままハッピーエンドに落ち着くわけですね。ハリウッド映画の文法として派手なアクションシーンが必要なのは分かるとしても、それを無批判に受け入れるちゃうのは、もはや自分の好きなスタートレックではありません。スタートレックは、自分にとってはそのくらい知的好奇心を満たしてくれる作品だったわけです。カーンがどんなに頭が良くて、戦闘的な頭脳に長けていても、単なる殴り合いで物事が決着しちゃうと、その賢さは全く無意味で、その設定はこれっぽっちも生かされてないわけです。ハリウッド映画にありがちな、単なるハリボテの設定になってしまうのですね。


このことに気がついて、なぜ自分が JJ 版スター・トレックを好きになれないのか、はっきりと自覚しました。世界的にも興行的には良さそうですし、また続編が作られる可能性が高いかも知れませんが、この点がそのままなら、自分が心から楽しめることはたぶん無いのだと思います。